あなたの財産

■ 経験・体験・記憶は真似できない

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人を含む生き物は経験を元に学習し、身の回りを“経験した事のある”安全なもので囲まれたいいう欲求があります。
これは命を守るため、精神を安定させたいという本能とでも言えましょうか。

前回のコラムに書いたように始終新たな刺激に晒されていると精神的に疲れますし、新規刺激(危険物)に対する反応が鈍くなってしまいますので生命の危機を招いてしまいます。だから日々新しい刺激を「知ってる情報袋」に仕舞い込む作業を本能的に行っているのです。

見知った顔の多いパーティは安心しますよね。知り合いのいない集まりは緊張します。でも積極的に話かけ、その人を知ろうとする…

緊張感をプラスに捉えれば、新しく現れたモノに対しての好奇心にも繋がります。知らないから知ろうとする、みたいな感じでしょうか。

食品の世界に目を転じますと…
いつものコーラに「緑茶」風味のものが発売されたときの興味。McDonaldsの新メニューを試したい欲求。10000円ラーメンへの“どないやねん?”感情。

好奇心があるからこそ新商品が売れるのです。旨い、まずいに関わらず。
なぜなら初めて体験する味だから。で、まずかったらそれを「知ってる(負の)情報袋」に入れるので再チャレンジは無し。メーカーは痛手を体験し、反省し、再び新しい商品開発に邁進する。上手く行ったらその経験を次に開発に反映する。

デザインに関わっている方なら貴方の行動、とりわけ購買心理に目を向けてみましょう。何事も経験で判断している自分に気付くはずです。「ここのメーカーのモノは美味しかった(だからこの新商品も美味しいだろう)」とか「この手のコラボものは中途半端だったから今回は辞めとこう」とか。

マーケティングリサーチとか言って他人の意見ばかり気にするよりも、まず自分ならどうするか。そこが貴方があなたであるべき理由だと思うのです。

もうひとつオマケに言えば、「貴方が知っている以上のものは表現できない」。

クリエーターの投資すべきは「素晴らしき体験に」と言えるでしょう。

 

■ 経験=飛べない理由

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ここにお皿があります。一度も使っていない新品です。フチに3カ所凹みがあります。さて、何に使うものでしょうか?
「◯◯にきまってるじゃん!」とという声が聞こえて来ます。貴方の経験からそう判断されましたね。

ではこれにお菓子を入れてみましょう。どうですか?
なにか胸騒ぎしませんでしたか。ドキッとしたと同時に拒否反応を起しませんでしたか。

過去に灰皿を使った事のある方は嫌悪感を抱かれたことでしょう。それは貴方の経験・体験から導き出された感覚です。

逆にこのシチュエーションを面白がる人達もいます。
喫煙率が下がっている昨今、若い世代は灰皿に触れる機会が少ない。すなわち経験値が低いので抵抗も低い。だから菓子皿として見るに抵抗が少ない。

実際に一度も使っていない皿ですので清潔ですし何を入れようが個人の勝手ですので全く構わないのが当たり前なのですが…人の先入観=経験値っておもしろいですね。

ブラジルからの留学生を受け入れ、お世話をしたことがあります。

なにせ陽気な彼女たち、夜な夜な宴会です。生ランバダです(すみません…バブル期以降の方はご存じないかも)。
夜店の屋台できんぎょすくい体験。結構な数をゲットして帰ったのですが、金魚鉢という粋なものがありません。とりあえず植木鉢の受け皿に入れときなさいと渡しておきました。

数日後、夕食会に招かれました。 よく遊び、よく食べる! (勉強はどうした?)。
サラダ、パスタの量が半端ではありません。

で、

その器を見ると…

植木鉢の受け皿。

え~!と思いつつも「金魚はどしたん?」と尋ねます。
「キンギョ、シンジャッタ…デモキレイニアラッタカラ、ダイジョブ!」

彼女達は「植木鉢の受け皿」を使った事が無いので「食器」との壁をいとも簡単に乗り越えてしまいました。

世間のしがらみの中で仕事をしています。ときどきこんな「飛び道具」が欲しくなります。

 

■ 目新しいのが善なのか

デザインや企画セミナーに出掛けて、講師の先生がよく言っている言葉に「今を変えなさい」というフレーズ。
確かに何も為さなかった結果として現状があるのなら変えなくてはいけません。

しかし、クライアントたる企業や店舗の持つ「歴史」は不可侵な財産です。何ものにも変え難い。
それを否定してトータルで変えて行きましょう!なんてあまりも乱暴な話です。

私のスタンスは、残すべきものと変えなくてはいけないものの「仕分け人」。

中でも注視するのは、その変え方度合い。

上記でひつこく申しましたが、人は自分の経験・体験値で受け入れるか拒否するか判断しています。
どの程度新しかったら受け入れられるのか。既視感という安心の上に少しの「新しさ」という刺激を加えるという『新旧の塩梅』をコントロールするスキルがデザイナーに求められています。

バブルの頃なら“ビールのような牛乳カートンデザイン”が受け入れられた事でしょう。現にそんな無茶苦茶さが受けた時代でもありました。それが許された余裕とお金があった時代の話です。

今はどうでしょう。

減ったお給料でやり繰りしなければならない時代です。買物に失敗は許されません。
だから「成功体験」のある定番商品が売れます。または失敗しても笑って許せる安価なものに流れます。

デザイナー、プロデューサーは時代背景を読まなくてはなりません。
それにはまず「現場」へ。
スーパーマーケット、コンビニエンスストア、アウトレットモールでお客さん体験をしてみましょう。
自分がカゴへ入れた商品は? 今度はそれを客観的に見てみましょう。

人の意見を聞く事は良いことですが、自分の経験値をニュートラル軸としてどちらに振れればいいのか、また振れ幅チェックをお忘れなく。

決定力と忘却力

■ デザインは信頼で決まる

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多くのデザイナー達は日々新鮮な表現を追い求め、テクニックを磨き、クライアントとその先に居るユーザーに想いを馳せながらクリエイティヴ活動に勤しんでいます。

コンペで他のデザインと競い合わされる事も好むと好まざるに関わらずあるでしょう。その結果に唖然としたり釈然としない思いをする事も多いのではないでしょうか。
「なんでこんなモノに決まったの?」「オレの案を採用しないなんて…見る目の無い奴らだ」と逆恨みしたり。

でも、全ての結果は自分にあります。
原因は色々考えられますが、大きなポイントは二つ。まず「デザインの意図を正確に伝える事が出来たか」という事が挙げられます。これは国語力の問題。
もう一つは「クライアントの信頼を得られたか」。
口頭でのプレゼンテーションが許された場合に限りますが、これは「人間力」に関わる事。

デザインテクニックの事は?
人並みであれば大した問題では無いのではないでしょうか。

超絶技巧を駆使したり、カッコイイものが採用されるとは限らないのは勿論の事として、重要なのは「相手の意思を汲み取って」「正確に表現し」「期待以上のオマケを付けて」会議に望み「楽しく感動的なプレゼンテーション」が出来たかどうか。

例えばTSUTAYAのロゴマーク。

Macを使わなくても出来るような水平・垂直ラインで構成されたシンプル極まりないグラフィックです。
色彩も明快。よって覚えやすい。しかも他のどのマークとも違うオリジナリティがあります。

このマークの作者は佐藤可士和さんです。ユニクロも彼の作です。

彼の凄いところは、このアイデアをクライアントにOKと言わしめた“説得力”。言い換えれば、確固たる理論であり、実績に裏打ちされた自信であり、この人の言う事だから間違いないだろうと思わせる信頼感と人柄です。

スポットライトを浴びる有名な仕事ですから多くの批判や誹謗もあったでしょう。反論もしたいでしょう。これも有名税として我慢しなければならない事だとは思いますが、
代弁するなら「同じ舞台に上がって物を言え」と。「ならば代案を出せ」「CEOに直接プレゼンしてみろ」と。
いや、ご本人はそんな気は毛頭無いかもしれません。すみません…

そしてもう一点褒めるべきは、このデザインを佳しとしたクライアントのセンス、先見性と覚悟。

デザインは「提案する側」と「決定する側」の信頼関係が大切です。
新しい事をやろうという時、絶対に売れる、成功するという保証はありません。その投資を託すに値する人物か否か…企業側はデザイナーの実績と信頼に賭けるしかありません。

こんな話があります。上司から嫌われているデザイナーの仕事がなかなか社内決定に至りません。見かねた先輩デザイナー(社長から絶対的な信頼を得ている)がそいつが仕上げた仕事を代わりにプレゼンしたらすんなり決定した。

モノは同じなのに人が変わるだけでこの結果です。最後にゴールマウスに蹴り込むのは「信頼感」というアナログの極みみたいなものでした、という笑い話のような実話です。

人が決めるものですから感情が介在するのは仕方ないことです。
ならばそれを上手く使うのもデザインテクニックなのです。

 

■ 忘れてもいいんだよ

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明治グループのロゴマークがリニューアルされて久しいですが、ちょっとショックな話を聞きました。

「もう前のマークがどんなのだったか忘れたよね~」

ええっ、そんなもんなの?

私なんぞは亀倉雄策氏の名作に長く親しんできたのでロゴが変わった時一抹の寂しさがありましたが、若い年代(旧ロゴに接した時間の短い世代)にとっては想い入れもそれほど深くなく新しいものが入って来やすい素地があったのでしょう。

変更発表があってからというもの、多くのサイトで論争が沸き起こりました。その多くは「前の方が良かった」というものでしたが、いつの時代も新旧交代の際には旧きを佳しとする気風が起こるのは当然の事。

しかし思い切って変えたものです。上記でも述べましたが、提案した側も決定した側も偉い! その決断の勇気は評価に値するものだと思います。

なぜ、賛否(否が圧倒的多数)がここまで絡まったかと考えるに、リニューアルまでのスパンが長過ぎた事がひとつ。
38年間のイメージの蓄積を一掃したのですから戸惑うのも無理はないでしょう。

もうひとつの理由は「美的論」を混同して語られてしまった事が挙げられます。

ここで言うロゴマークデザインは「企業のメッセージをカタチにする事」です。その意味合いでは今回のロゴは明治が言うところの「親しみやすさ」が表現出来ていて(mの上辺が生クリームのようであったりとか iとjが寄り添う母子を表しているとか)可愛らしく仕上がっていますし、オリジナリティもあります。
ロゴマークの評価点を「他の何にも似ていない」事を基準とするならば見事な着地と言えるでしょう。

ちなみにデザインはランドーアソシエーツ。JALやJPもこの会社の仕事です。

これらのロゴマークが美しいか否か、と問われれば答えに窮するのですが「美しいけどどこかで見たような…」と言われるよりは、という感じです。

用と美が両立できれば文句無し。そんな仕事を目指して精進するしかありません。

本題に戻りましょう。

長く親しまれて来たものが忘れ去られるのは悲しい事です。

でもこんな経験はありませんか?

いつも通る通勤路。取り壊している建物があります。「あれっ、ここ何だっけ?」 いつも見ていたはずなのに思い出せないという体験。
実はこれ、人間(動物)の本能として抗えない仕組みなのです。

毎日毎日いつもの風景が新鮮でワクワクの連続だったら…刺激でアタマがパンクしてしまいます。怖いのは「新しい情報・刺激」が入ってくる余地が無くなるという事です。その新刺激が生命に危険を及ぼすようなものだとしたら…。

香りや味に慣れる、色に慣れるなども同じ事で、新しい刺激に敏感になるようあえて「慣れる」ようになっているので、無くなった建物が何だったか思い出せなくてもいいんです。決して老化現象ではありません。

デザインに絡めて論を展開してみますと、スーパーのいつもの場所に卵があり冷蔵棚にお気に入りのシュークリームがある。これが日常。目的的行動にとっては考える事なく辿り着けるので便利で安心です。
それだけでは単なる風景になってしまい刺激はありません。ですからメーカーは「刺激」を与え注視&購買行動に移そうと考えます。これが新商品投入の理由です。店頭のポップやのぼり旗も刺激になります。

新商品投入によって既存商品の購買にも反響するので私達は「起爆剤」とも呼んだりします。

やがて日が経つにつれ起爆剤も日常化してしまい刺激が薄れます。そうしたら次の新商品を投入! この繰り返しです。

注意すべきは、動物の本能的生理として「新しい刺激物」は「危険物」と極めて近いところにあるという事を忘れないでください。

大切なのはどの程度変えたら良いのか、その刺激加減を熟考してデザインしなければとんでもない結果を招いてしまいます。

では新商品デザインのツボは?  続きはまた次回。
(早めの更新を心がけます)

デザイナーの正しい使い方

■ デザインコンペの是否

数社のプロダクションやデザイン事務所から募ったアイデアの中から一点を選ぶというデザインコンペ。
私も時折好むと好まざるに関わらずその渦中に巻き込まれたりします。

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選考審査役としての参加も多々あります。
一社あたり30点以上というボリュームで攻めてくるところもありますが、その仕上がりたるや腰が砕けそうになるもの多数。「下手な鉄砲数打ちゃ当る」状態です。
単なる数合わせにしか思えません。
対象商品やクライアントの方向性を熟考した結果としてのデザイン提案なら松竹梅の3案。多くて5案(色展開は数のうちに入りません)程度でしょう。
これがプロの仕事っていうもんです。ただ掻き集めてきました、この中からお好きな物を選んでください、というのは大人のやる事ではありません。

真剣さに欠けた仕事は、それを出すデザイナーの品性を問われますし何よりクライアントに失礼だと思うのです。

しかし、中には「数」を要求してくるクライアントもいる訳で。
つまり上(上司)に説明するのに「これだけ検討しました」という実績が必要で、それが数(アイデアの束)なんだと。
皆のアイデアの総意ですから自分を消すことが出来ます。責任の所在を有耶無耶にすることが出来ます。が、総意ではブレイクスルーはできないことを申し上げておきましょう。

ちょっと横道に逸れますが、企画会議の場で頻りに「理論」を語る人、いますよね。ほら、あなたの上司にも今時“AIDCA”なんていう単語を得々として語る人。
世の中は不条理なものです。必要とされるのは机上の「知識」では無くて現場で起きている事象に柔軟に対応出来る「知恵」なのです。

デザインのプロはそのような理論は周知の上で知恵を絞っています。敢えて理屈を語らない。
もう一つついでに言っておきますとプロフェッショナルは「言い訳」をしません。

本題に戻りましょう。

そのようなデザインコンペの弊害は何なのか。

ひとつには自社のブランディング軸が無い為に引き起こされる積み木崩し的資本投入。
例えば「前回はこんな感じが良かった。今回の案の中ではこっちが良いな…」というような場当たり的イメージ決定のために知的財産の積み重ねが為されない。毎回ゼロから。
だからいつまで経ってもブランドイメージが確立しない。すなはちお金の無駄遣い。

経営は投資を乗算で考えなければなりません。

弊害その2. デザイナーの疲弊。
多くの場合、コンペフィーは雀の涙程度。ひどいところになると勝者のみに通常のギャラが支払われるというものです。因ってデザイナーはハイリスク・ローリターン。
デザインの世界の50%は「やってられっか!」という悲鳴で出来ています。

そして最大の弊害は「質の低下」。こんな処遇では「数打ちゃ当る」程度のクオリティーしか集まらないのも頷けます。
結局損するのはクライアント側なんですが。

 

ではどのようにしたら質の良いデザインが集まるのでしょうか。

言っておきますが私はコンペを全否定しているのではありません。
今のところ勝率も高くそれなりに商売になっています。しかしこんなに空しい気持ちにさせられる仕事も他にありません。
デザインの目的がユーザーの為というよりコンペに勝つという事になってしまいがちだからでしうか。

トップマネジメントの顔が見えないからでしょうか。

良いコンペとは、いきなり末梢の表現を募るのでは無く、まず「人物(人柄)コンペ」を行うべだと考えるのです(欧米では当然の如く行われている手法ですが)。
クライアント側はデザイナー各人のヒアリングを行います。その人(プロダクション)がどのような考えを持っているのかを問うわけです。デザイン哲学とか…もう生き様そのもののコンペですね。
その上で「この人だったら任せても良い」という候補を絞り込んだ上で表現の審査に移る、といった手順です。
企業側と同じベクトルの志を持ったデザイナーに継続的に任せておれば自ずとヴィジュアルアイデンティティが確立されてきます。
それこそが知的財産。何にも代え難い積み重ねの報酬です。

 

■ 信頼

人格を認められたデザイナーは最高のパフォーマンスを発揮します。

人間誰だって褒められれば嬉しい、信頼されればそれに応えようとするものです。
デザイナーという人種は結構職人気質で、おだてられれば調子に乗って期待以上の事をしようとする愛すべきバカが多いのです。それを逆手に取って頂いて構いません。
バカとハサミは使いよう…上手く使いこなすのも企業側のスキルだと思います。

私が駆け出しの頃からお付き合いして頂いているメーカーがあります。先代の社長の頃からですので25年間にもなるでしょうか。パッケージデザインを一貫して任せて頂いており私の四半世紀の歩みそのものです。
全国規模のメーカーになった今、振り返ってみると、無意識のうちに知的財産が残っているのです。
大げさなV.Iを画策したつもりはありませんが長い年月一点ずつのデザインの積み重ねが成し遂げた双方の財産です。

長くこの仕事を続けていると「飽きられる」事もあります。
そうならないためにも常に新鮮なアイデアを提供しなくてはならないのですが、やはり時として隣の芝生が気になる事もまた事実。
そうやって離れて行った2,3の企業がこのところ再び依頼しに来てくださいました。
以前から弊社は「駆け込み寺」的な存在ではありましたが、この不況時に数社重なるとは。しかし何故? 話を伺ってみると「いや~、いろんなところでやってみたんだがね…」とか「確実にヒットを打ちたい」とか。

苦境の際に側に居てくれるのが真の友、という言葉を聞いた事があります。

信頼されるということは何と嬉しい事でしょう。信頼こそが良い仕事の原動力だと強く感じた不況下の話です。

 

■ つまりは人

ひとつの企業と長く関わり、企業内に知的財産を築き上げるのはデザイナーとして大きな達成感があります。

有名な100円ショップのデザイン室顧問を兼任しています。
当初100円ショップなんて「安かろう悪かろう」の見本市みたいなもんだと思っていましたが、ここ数年のレベルアップには驚かされます。こんなものが100円!という感動すら覚えます。年商3300億超、国内2500店舗、海外470店舗の企業のトップが次に見据えたものは「デザイン」でした。

通常、多くの企業はデザイン業務を外注しています。
私達デザイン事務所を経営している者にとっては有り難いのですが、損得抜きで考えれば勿体ない話でして、月1000点にも及ぶ新商品のデザインフィーはかなりの出費です。
デザインを内製化すればコスト削減にもなりますし何より知的文化が自社に根付き財産として蓄積されるのです。

このミッションにおける私の仕事はデザインを作るのでは無く、人を育てる事。
例えが悪いかも知れませんが、お腹を空かしている人に魚を与えるのではなく、釣り竿を渡す事。パンを与える代わりに小麦の育て方を教える…そんな感じです。
究極のサスティナブルデザインとも言えるでしょうか。

人員削減、賃金カット…そんな話ばかりの現状下でもデキてる企業は人を財として大切に扱っているように思います。

いずれ私も朽ち果てる時が来ます。この世に何が残せたかと自問するとき、「人財」と答える事が出来たなら最高の幸せです。

メンタルケアは企業を救う

■ 人材は人財

仕事柄、企画会議に同席する事がある。
意見が出て来るのは2,3人。残りはしきりとメモを取っている。いやいや、議事録係はひとりで良いし。
折角の人材が勿体ない、と思う。

こんな話にもよく出会う。

社内に笑顔が無くなってきた。
部下が悩みを抱えているようだがどのようなアドバイスをしたら良いのか分らない。
休職者や退職者が多くて…いままで教えてきた労力が台無しだ、等々。

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デザイナーは常に結果を求められる。かっこいいパッケージやポスターを作るのは手段のひとつであってそれを上手く使って企業が利益を上げられるようにする事が仕事だ。モノを作って渡しておしまい、であってはならないと思う。
営業手段としてのデザインには勿論最善を尽すが、その先の企業内部の営業さんが元気が無いと売れるものも売れなくなってしまう。
これは残念だ。折角の良い道具を使いこなせて無いのと同じ。

逆に言えば、人間が元気ならばどんなものでも勢いで売れてしまう。
モノを売って儲けるのより今ある人材を活性化して効率を上げる方が簡単だ。

問題はモチベーションの上げ方。がむしゃらに頑張れば良いといったものでは無い。
考えるから悩むんだ。進め~働け~!と言われ続けて頑張った挙げ句にボロボロになった人間を数多く見て来た。
かく言う私もその一人。身体がだるくてやる気が出ない。仕舞には朝起き上がれない事態に。

心療内科に掛かっても投薬だけで根本原因まで追求しない。そりゃ10分診療じゃ何も判らないだろ。

知りあいの紹介で出会った臨床心理士にじっくり一時間話を聞いてもらったらすっきりした。
話そうとする事によって自分が抱えていた堂々巡りの諸問題が整理され、原因が判ったのだ。
“軽い鬱”という診断が出たのも幸いした。そうか、自分はプチ鬱だったんだ、と妙に納得&安心した。
人間、不思議なもので、原因が判れば自分で何とかしようとするものらしい。
薬に頼らなくても済むようになった。

人間は心の動物。そしてその心はとてもデリケートで、ちょっとしたストレスで簡単にダメージを負ってしまう。
厄介な事に身体が心の疲れをカバーしようとして無理をする。

そしてある日突然、心の病が身体の異常を伴って発症してしまう…

この“心の病”、デザイン業界では日常化しているゆえに軽視されていたがこれは重篤な危機なのだ。
本人が辛いのはもちろん、企業にとっても財産である人的パフォーマンスの低下は大きな損失。

抽象的でつかみ所の無いものと評されることの多いメンタル(精神)。
根性とか「やる気」の問題だとされ弱音を吐くのは恥ずかしい事であるといった風潮があったのも事実。
しかし、「がむしゃらにがんばる」日本の社会は変わりつつある。

人は財産だという考え、大賛成。

 

■ もっと気軽にカウンセリング

「心と身体のバランスを考える」ことが、企業に対しても義務化(平成18年4月 労働安全衛生法改正)され、従業員の心の健康に気を遣うべき時代となった。
大変喜ばしい事ではあるが、実際企業側としてはどのような方策を取るべきなのか?

多くの企業では産業医と提携しているが、もっぱら身体的な疾患に対処するものであるか、
精神面では問診内容を報告するだけで実際の対処法まで指導は出来ていない事が多い。問題提起だけして後は任せた状態。

そこで厚生労働省が勧めるのが臨床心理士など心の専門家が行うメンタルヘルスケア対策。
企業に於いてはEAP(Employee Assistance Program)と言われる「従業員援助プログラム」が有効だ。
その効能として…

・ 社員が元気に働くことで生産効率UP
・ 精神的不安が無くなり労働災害が減少
・ 経営上のリスクマネジメントに
・ 従業員を守る企業というイメージがリクルートにも好影響 etc

臨床心理士によるカウンセリング、それは心の奥に潜んだ目に見えない傷を癒す健康対策。
こころの専門家の技を体感してはいかがだろうか。

 

参考

http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/cover/topics/080905_stress/
http://www.aula-pec.jp