月別アーカイブ: 2010年4月

決定力と忘却力

■ デザインは信頼で決まる

tsuta

多くのデザイナー達は日々新鮮な表現を追い求め、テクニックを磨き、クライアントとその先に居るユーザーに想いを馳せながらクリエイティヴ活動に勤しんでいます。

コンペで他のデザインと競い合わされる事も好むと好まざるに関わらずあるでしょう。その結果に唖然としたり釈然としない思いをする事も多いのではないでしょうか。
「なんでこんなモノに決まったの?」「オレの案を採用しないなんて…見る目の無い奴らだ」と逆恨みしたり。

でも、全ての結果は自分にあります。
原因は色々考えられますが、大きなポイントは二つ。まず「デザインの意図を正確に伝える事が出来たか」という事が挙げられます。これは国語力の問題。
もう一つは「クライアントの信頼を得られたか」。
口頭でのプレゼンテーションが許された場合に限りますが、これは「人間力」に関わる事。

デザインテクニックの事は?
人並みであれば大した問題では無いのではないでしょうか。

超絶技巧を駆使したり、カッコイイものが採用されるとは限らないのは勿論の事として、重要なのは「相手の意思を汲み取って」「正確に表現し」「期待以上のオマケを付けて」会議に望み「楽しく感動的なプレゼンテーション」が出来たかどうか。

例えばTSUTAYAのロゴマーク。

Macを使わなくても出来るような水平・垂直ラインで構成されたシンプル極まりないグラフィックです。
色彩も明快。よって覚えやすい。しかも他のどのマークとも違うオリジナリティがあります。

このマークの作者は佐藤可士和さんです。ユニクロも彼の作です。

彼の凄いところは、このアイデアをクライアントにOKと言わしめた“説得力”。言い換えれば、確固たる理論であり、実績に裏打ちされた自信であり、この人の言う事だから間違いないだろうと思わせる信頼感と人柄です。

スポットライトを浴びる有名な仕事ですから多くの批判や誹謗もあったでしょう。反論もしたいでしょう。これも有名税として我慢しなければならない事だとは思いますが、
代弁するなら「同じ舞台に上がって物を言え」と。「ならば代案を出せ」「CEOに直接プレゼンしてみろ」と。
いや、ご本人はそんな気は毛頭無いかもしれません。すみません…

そしてもう一点褒めるべきは、このデザインを佳しとしたクライアントのセンス、先見性と覚悟。

デザインは「提案する側」と「決定する側」の信頼関係が大切です。
新しい事をやろうという時、絶対に売れる、成功するという保証はありません。その投資を託すに値する人物か否か…企業側はデザイナーの実績と信頼に賭けるしかありません。

こんな話があります。上司から嫌われているデザイナーの仕事がなかなか社内決定に至りません。見かねた先輩デザイナー(社長から絶対的な信頼を得ている)がそいつが仕上げた仕事を代わりにプレゼンしたらすんなり決定した。

モノは同じなのに人が変わるだけでこの結果です。最後にゴールマウスに蹴り込むのは「信頼感」というアナログの極みみたいなものでした、という笑い話のような実話です。

人が決めるものですから感情が介在するのは仕方ないことです。
ならばそれを上手く使うのもデザインテクニックなのです。

 

■ 忘れてもいいんだよ

mei

明治グループのロゴマークがリニューアルされて久しいですが、ちょっとショックな話を聞きました。

「もう前のマークがどんなのだったか忘れたよね~」

ええっ、そんなもんなの?

私なんぞは亀倉雄策氏の名作に長く親しんできたのでロゴが変わった時一抹の寂しさがありましたが、若い年代(旧ロゴに接した時間の短い世代)にとっては想い入れもそれほど深くなく新しいものが入って来やすい素地があったのでしょう。

変更発表があってからというもの、多くのサイトで論争が沸き起こりました。その多くは「前の方が良かった」というものでしたが、いつの時代も新旧交代の際には旧きを佳しとする気風が起こるのは当然の事。

しかし思い切って変えたものです。上記でも述べましたが、提案した側も決定した側も偉い! その決断の勇気は評価に値するものだと思います。

なぜ、賛否(否が圧倒的多数)がここまで絡まったかと考えるに、リニューアルまでのスパンが長過ぎた事がひとつ。
38年間のイメージの蓄積を一掃したのですから戸惑うのも無理はないでしょう。

もうひとつの理由は「美的論」を混同して語られてしまった事が挙げられます。

ここで言うロゴマークデザインは「企業のメッセージをカタチにする事」です。その意味合いでは今回のロゴは明治が言うところの「親しみやすさ」が表現出来ていて(mの上辺が生クリームのようであったりとか iとjが寄り添う母子を表しているとか)可愛らしく仕上がっていますし、オリジナリティもあります。
ロゴマークの評価点を「他の何にも似ていない」事を基準とするならば見事な着地と言えるでしょう。

ちなみにデザインはランドーアソシエーツ。JALやJPもこの会社の仕事です。

これらのロゴマークが美しいか否か、と問われれば答えに窮するのですが「美しいけどどこかで見たような…」と言われるよりは、という感じです。

用と美が両立できれば文句無し。そんな仕事を目指して精進するしかありません。

本題に戻りましょう。

長く親しまれて来たものが忘れ去られるのは悲しい事です。

でもこんな経験はありませんか?

いつも通る通勤路。取り壊している建物があります。「あれっ、ここ何だっけ?」 いつも見ていたはずなのに思い出せないという体験。
実はこれ、人間(動物)の本能として抗えない仕組みなのです。

毎日毎日いつもの風景が新鮮でワクワクの連続だったら…刺激でアタマがパンクしてしまいます。怖いのは「新しい情報・刺激」が入ってくる余地が無くなるという事です。その新刺激が生命に危険を及ぼすようなものだとしたら…。

香りや味に慣れる、色に慣れるなども同じ事で、新しい刺激に敏感になるようあえて「慣れる」ようになっているので、無くなった建物が何だったか思い出せなくてもいいんです。決して老化現象ではありません。

デザインに絡めて論を展開してみますと、スーパーのいつもの場所に卵があり冷蔵棚にお気に入りのシュークリームがある。これが日常。目的的行動にとっては考える事なく辿り着けるので便利で安心です。
それだけでは単なる風景になってしまい刺激はありません。ですからメーカーは「刺激」を与え注視&購買行動に移そうと考えます。これが新商品投入の理由です。店頭のポップやのぼり旗も刺激になります。

新商品投入によって既存商品の購買にも反響するので私達は「起爆剤」とも呼んだりします。

やがて日が経つにつれ起爆剤も日常化してしまい刺激が薄れます。そうしたら次の新商品を投入! この繰り返しです。

注意すべきは、動物の本能的生理として「新しい刺激物」は「危険物」と極めて近いところにあるという事を忘れないでください。

大切なのはどの程度変えたら良いのか、その刺激加減を熟考してデザインしなければとんでもない結果を招いてしまいます。

では新商品デザインのツボは?  続きはまた次回。
(早めの更新を心がけます)