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講演会

題目は「地域産品におけるパッケージデザインの勘どころと包装設計」

大手メーカーのそれとは手法を異にする地域産品デザイン独特の考え方は、閉塞感のある一般商材のパッケージデザインに新しい風を送り込めるか? 多品種小ロットに対応する包装資材の調達方法は? などなど。

ご興味あられる方は是非!

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ネタ探しの旅先で見つけたモノ、気づいたコト。

 

デザインという仕事をやっていると、ある日突然“ネタ切れ”という事態がやってくる。

自己表現としてのアートなら、発想が貧弱になったとしても己が困るだけで他者には何ら不都合はあるまい。しかし、他者代弁が主な業であるデザイナーは、表現のネタが切れる=代弁する言葉(絵面)が思いつかない=おまんまの食い上げとなる。これは辛い。
しかるにその言語翻訳能力を維持強化するために日々努力を怠らない。これも仕事の内。

 

そうだ、旅に出よう!

 

例えば、東に旨いパンケーキ店が出来たと聞くや1時間の行列に並び、西に素敵なリゾートホテルが出来たと聞けば大枚叩いてそのおもてなしを体験する。

 

打合せ時、クライアントからはどんな球が投げられてくるか分からない。「ブルガリリゾートのサンカール、あの長机のような感じで」というカーブを「イタリアの大家族食堂、例えばゴッドファーザーの食事風景みたいに?」と打ち返す事が出来れば「こいつ、やるな!」と興味を持って頂ける。

仕事の始まりはいつも一球入魂。経験値がモノを言う。行った事が無い、見た事が無い、喰った事が無いはデザイナーとして即ち負けを意味する。

 

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興味の赴くがままミーハー的に巡っているのでこれぞ!というモノに出くわす確率は極めて低いのであるが、それはそれで“こういったターゲットもあるのか”という経験になるので良しとしよう。

 

例えば“日本のリゾート”を謳った高級旅館。一泊4万以上、でも連日満室。予約が取れない宿として名を馳せている、らしい。

 

部屋にはテレビも時計も無し。「非日常の空間を時を忘れて楽しんで頂きたい」というコンセプト、らしい。

 

で、行ってみた。確かに面白い切り口。が、すぐ飽きた。

 

私には「君たち庶民はこんなエッジの効いたコンセプトにグッとくるんでしょ」と思えてしまった。非日常感ってものは強要するものでは無い。

 

 

例えばバリ島のリゾートを日本で再現、という事で玄関にはバリの割門、庭には石像、家具はラタン。

 

「バリってこんなカンジだよ〜」的な浅くあざといやり方が寂しい。

 

 

しかし、商売面から見るとその方針はあながち間違ってはいないのだ。

 

日本国内のトップセレブを相手にしていたのでは成り立たない。彼らは海外のリゾート地に行ってしまうもんね。日本国内で層の厚い中流の上あたり(あるいはアジアの俄金持ち)を狙うのは大正解。

 

余談になるがイオンモールの成功の裏にはこんなコンセプトがある。

トップエンドもローエンドも狙わない。家族団らんを大切にし、そんなに上昇志向も無く、一日のんびり過ごせればいいや的一般中流家庭をメインターゲットにしているんだそうな。ターゲットが明確&メッセージが分かりやすい=来て欲しい人に届いているという事なのでこれはこれでご立派である。

 

要は経営陣が各マーケットのトップレベルを知った上で、需要に合わせたデチューンを行っていればOK。

しかし、本物を知らずして“こんなもんでしょ”という概念でやられると高みを目指している者としては大迷惑。

 

「本物はこうだ!」という気概を見せてやるのが大人!だがオトナが生き辛い世の中であるのも確か。ともあれ自分に恥じない仕事をしたいものだ。

 

 

話は戻って…

 

日本の宿のお薦めはと問われれば、私は京都の俵屋を推す。

建物、調度品全てに語るにふさわしい謂れと歴史がある。しかし300年の歴史を誇示してはいないしトム・クルーズが泊まった事もS.ジョブズが定宿にしていた事もウリにしてはいない。

料理も派手さは無いが真っ当に考えて作られた献立。付かず離れず過不足の無いサービス。

 

客に緊張を強いない、これが老舗の懐の深さ。

 

 

 

有名リゾートに満足しきれないそこの御仁、一度ご逗留されてはいかがかな。

 

時計もテレビもあります由。

 

 

デザイナー募集

子育てが一段落した30〜40歳までの方で復職希望のデザイナーを支援致します。

 

勤務地 / 岡山市北区谷万成2-7-7    Okayama Head Quarter

勤務時間 / 9:30〜18:30

業務 / デザイン(パッケージ・グラフィック・Website) 商品企画

 

勤務形態はご相談に応じます。

給与体系など委細面談の上決定致します。

デザインスキルは重視しません。根性と面白さで選考させて頂きます。

 

お問合せ / info@mikuriya-design.co.jp

6次産業化を考える Part2

■ 6次産業って、何?

1*2*3=6

1次産業に従事している方々に加工(第2次産業)、販売(第3次産業)までを指南する支援が農水省が進める6次産業化です。1 × 2 × 3 = 6という訳ですね。

味作りからデザイン、販路開拓、経営指導、資金調達などいろんな支援プログラムがありますが、一番難しいのが第3次産業。ざっくり言ってしまえばサービス業です。

これは数回のアドバイスで身に付くものではありません。商いをしている多くの人が長きに渡って苦心砕身している部分です。商売のセンス、と言っても良いでしょう。お金で解決できる問題でもありません。

例えは悪いですが、腹を空かしている人にパンを与える、これが“資金援助”に相当します。
もう一歩先を考え、小麦の育て方とパンの焼き方を教えるのが本当の支援だと考えます。つまり自立存続の術を伝授する事。
小さい事業者ですから資本も人的財産も不足しています。そこを手当するのですから支援プランナーも片手間という訳には行きません。
関わるからには一蓮托生、運命共同体。ゆえにクライアントの本気度とプランナーの力量&覚悟が大きく問われることになります。

 

■ 小豆(あずき)を使った商品と言えば?

多くの方がようかん、ぜんざい、○○饅頭の類いを思い浮かべるでしょう。それだけ市民権を得た商品と言えますが、ゆえに盲目的に企画を進めるプランナー、デザイナー、クライアントがいます。
しかし彼らに問いたい。「あなたがようかんを最後に食べたのはいつですか?」

使用シーンが思い浮かばない、それは自分の実体験から出て来た企画では無いからです。概念上の産物はリアリティーが無い。しかも年3%ずつ目減りしている市場に敢えて参入すべきなのか。
統計命、とは申しませんが最低限のリサーチは必要です。
「いや、贈答用として開発したんだ」と言うかも知れませんが、カタチとしての贈り物なら“とらや”の羊羹を選ぶでしょう。しかも“夜の梅”より高価にもかかわらず完成度の低い表現なら言わずもがな、です。

「若い人達に受けるデザインをして欲しい」とも良く言われます。
しかし若い彼&彼女達はお金がありません。商売仇はもはや他の菓子では無く通信機器(モノならまだしも電波という目に見えないもの)ですので田舎の菓子屋一軒でどうなるものではありません。
でも若者受けを狙ってキャラクターを使った商品が溢れるのです(くまもんは別格w)。
瞬間最大風速で喜んでいるクライアントにも責任があります。 一時流行った萌えキャラ商品の末路はどうなりましたか? あなたの作る商品はキャラクターに頼らねばならない程薄っぺらい中身なんですか?

我々地方に暮らす“愛すべき田舎者”は大手プロダクションの戦略が正義では無いことを自覚し覚醒せねばなりません。
何度も申し上げますが、中小零細企業は大手が真似できない“小回りの利く”戦い方(局地戦、ゲリラ戦とも言います)があるのですから。
企画・デザインは勘や概念で行うものではなく、緻密な戦略と戦術を持って行う商業活動です。事業計画、売り上げ目標無くして企画の成否を検証できるのか、という疑問も抱いています。

何だかダメ出しばかりになってしました(苦笑)。ポジティヴな話題に切り替えましょう。

 

■ 相性の良いデザイナーに出会う方法

あなたが抱えている問題を解決してくれる相性ピッタリのデザイナーに出会うにはどのようにしたら良いのでしょうか。
先日、日経デザインの編集長とお話させて頂く事があり、その際に出た話題です。コツは二つ。
まずはウェブサイトで検索し実績で判断する、評判を聞いて回る、という真っ当なやり方。
デザイナーは専門分野があります。マルチに活躍しているように見える人でも一つの得意分野を切り口にして広げています。
グラフィック、パッケージ、ウェブ、プロダクト、ファッションetc  あなたにぴったりの“問題解決人”を見つけてください。

そしてもうひとつのコツは“先生”と呼ばれる人には依頼しない(一同大爆笑)。
理由は、クライアントはデザイナーを先生と呼ぶ事で自ら壁を作ってしまう事になる=聞きたい事も聞けない雰囲気に。
そして、先生と呼ばれる事で“その気”になってしまう輩がいるという事だそうです。「私の言う事が聞けんのか!」とクライアントを恫喝する勘違い野郎もいたとか。
アート(自己表現)とデザイン(他者代弁)を混同しているデザイナーも依然多く居ますので見極めが肝要です。

私? 自分を顧みて“先生”に成り下がらないよう、野山を駆けずり回る現場主義を貫きたいと思っています。
駆け出しの頃は絵の具で汚れた手が自慢でした。Macが入って来てからはクールに仕事をこなすのがオシャレでした。

今、旬の野菜や魚の名前がスラッと出てくるのが最高にカッコいい、と感じています。

 

続く。

 

6次産業化を考える Part1

■ 古巣に戻って来たものの…

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「本多君、いくつになった?」「今年で50ですけど…」「そろそろ地元に恩返しせんといけん歳じゃなあ」「恩返し、ですか〜」

岡山が輩出したプロダクトデザイナー、水戸岡さん(九州JRの列車と駅舎&グラフィック、岡山の市電MOMOのデザインが有名)と雑談していた時に言われた言葉です。その時はピンと来ていなかったのですが、以来心の片隅に師の言葉がずっと引っかかっていました。

時を同じくして大手グロッサリーチェーン店から地方の産品企画のお話を頂く事があり、慣れ親しんだ岡山の物産の事なら、と軸足は次第に故郷へ。

土に触れながら生産者の方々とモノ作りをする機会を得ました。そして「おかげさんでよう売れた」と嬉しい声も頂きました。NB商品のデザインワークでは経験した事の無い充実した気持ち…

これが恩返し? いや、逆に楽しませて頂いているこの頃ではあります。

1980年代、大分県の地域産品復興の一環で“一村一品運動”というものがありました。その流れは全国的なものとなり当然岡山にもやって参ります。

当時、地域産品に関して多くの知識を持ち合わせていなかった私は、大分県・由布院を手本にすべく足繁く通い地域産品の在り方を学びました。
飾らず、饒舌になり過ぎずに価値ある情報のみをしっかり伝えるといったミニマムな表現の中に地域デザインの本質を見ました。

「デザインとは中身と外見の関係性を表現する事」と仰ったのはCIの祖、P・ランドー氏だったでしょうか。彼の言葉が腑に落ちた瞬間でもありました。

今となって思うに、私のデザイン観にはこの頃の体験が大きく関与しているように感じます。

この地域産品開発の動き、国からかなりの額の助成金が出ていたようで、年度末になると「何でもええからシール10万円分作って」というオーダーが。
予算を使い切らないと次年度削られるから、といった理由のようでした。

このようなデザインをバカにした仕事に辟易し、二度とこんな事業に関わるもんかっ!と憤怒極まり、体調を崩し… 以来、この世界から遠ざかっていました。

時は流れて20余年。再び、請われるがまま、性懲りもなくこの世界を覗いてみると…
当時と何も変わっていないじゃないか、何やっとるんだ、という情けない思いで一杯です。商品やデザインの完成度の低さに腹立たしくもあり。

確かに表面上は巧みにキレイ&格好良くなってはいますが味が追いついていなかったり、またはその逆で独特な風味のものをわざわざ大手メーカー品っぽく(均質という意味で)アレンジしていたり…
中身との関係性が希薄かつデザイン本来の機能を発揮していないのです。

“デザインとは「どう見えるか(how it looks)」ではなく、「どう機能するか(how it works)」の問題である” 、スティーブ・ジョブズ氏の諌言が身に染みます。

 

■ 甘えの構図

何故、このような事が漫然と行われているのでしょう。

ある県の6次産業化支援プランナーの集まりに招聘されてその原因らしきものが見えてきました。集まった面子を見てみると、仕事にあぶれた東京のデザイナー、微小な仕事を拾わざるを得なくなった大手プロダクション&印刷会社、かつての栄光にすがりついている小遣い稼ぎの先生、助成金目当てのコンサルタントetc

“バリバリの現役”が見当たらないのです(現役が参加しない理由を探る必要もあるかと思いますが)。

 

国から降りる予算を仲間内で分配している馴れ合いの構図、これでは良い結果が出るはずもありません。
“地域産品だからこんな味で”とか“田舎っぽいデザインで”という妄信、とでも言いましょうか“地域産品だからこの程度で勘弁してよ”という“甘え”が見え隠れします。
そして世に溢れる漬け物、味噌、ジャムの類い…ある百貨店のバイヤー曰く「もうこんなに漬け物いらんでしょ(苦笑)」。

地域産品と言えども一旦市場に出たら大手メーカー品と戦わねばならない厳然たる現実があるにも関わらず、概念だけで、あるいはウェブサイトで検索した情報だけで組み立てたであろう薄っぺらい商品の何と多いことか。

反って地元岡山県の6次産業化支援が着実に成果を残している理由…
一言「素材が素晴らしい」。後付け作り話ではない“ノンフィクションドラマ”がそこにあります。現場の真意を汲んで素直に表現さえすれば素晴らしいモノが出来上がるのです。

もうひとつは“任命権者(コーディネーター)のセンス”に因るところが大きいと感じています。
適材適所の配置が上手、とでも言えるでしょうか、以前のようにパッケージデザインをプロダクト系の先生に依頼してしまうということも少なくなっているようです。戦略家(コンサルタント)が戦術家、すなわち表現のプロの協力を得たのも大きな要因だと思います。

結果を出せなかったら次は無い(デザインの世界では当たり前の事ですが)、という緊張感のもと、縦割りの枠を超えた動きが出来ているのも岡山県の特徴と言えるでしょう。

ともあれ始まったばかりの6次産業化支援事業、模索は続きます。地域産品の命は“多様性”です。極小ロット多品種に対応する生産コスト&流通の諸問題を解決するのが今後の課題でしょう。

 

続く。

 

デザインコンペを考える

検索ログを見てみると…

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弊社のサイトログを見てみると“コンペ 勝つ”とか“コンペフィー”という検索語句が上位を占めています。デザインコンペというものが如何にあやふやで良く解らない仕組みなものかを顕している現象だなと思っていますが、検索結果に満足されましたか?

私はエリエールのティッシュボックスのデザインを最後にコンペには参加していません。理由は後ほど申し上げますが、その時の顛末をお話しておきましょう。

ある日、大王製紙から直接電話(メールでは無いところが時代ですね)が掛かってきました。コンペへのお誘いです。
その時は「こんな田舎のデザイン事務所にまた酔狂な…」と思ったのですが、私も未だ若かったですし、これと言ったビッグネームの仕事もしていませんでしたので“腕試し”的にお受けしました。

なにしろティッシュシェアNo.1、電博大凸を始め日本中の名のあるデザイナーが参加します。その数30社、そこに自分が居るという事だけで心躍ったのを覚えています。
コンペフィーは¥. 300,000、 5案ほど提出したでしょうか。数度手直し依頼があり2ヶ月ほど経って「上位3社に残った」との報あり。まあ、ここまでで十分の気持ちはあったのですが指示されるがままにパターン替え等ブラッシュアップを重ねる事10ヶ月。非常にタイトなスケジュールで、もう勘弁して!と思っていた矢先「貴社の案に決定しました」と。

5箱の色替えパターン制作、フィニッシュデータ制作、印刷校正…そして完全校了となったのは初めて電話を貰った日から一年経っていました。
報酬は一式¥. 3,500,000 で一年拘束(苦笑)。まだバブルの余韻が残る面白い時期ではありました。

ギャランティーが全てではありません。全国のスーパーに自分のデザインしたパッケージが並び、山口智子さんがCMやポスターで、また主要都市の巨大な電飾看板にとその後の展開は想像を超えたものでした。おかげで弊社のネームバリューも上がり、設立間もないデザイン事務所に素晴らしいチャンスを与えてくださった仕事として今も感謝しています。

そして現在、何ゆえコンペに参加しないのか。

体力的にもうその時期は過ぎたかなと思うのです。苦行は若い人達にお譲りしたい。

デザインコンペ、若くてチャレンジングなデザイナー諸君にはお薦めです。勉強の場と割り切って受けてみてはいかがでしょう。
タイトな納期、見えない審査基準、理不尽な要求に耐えながらも何とか落としどころを探らなければならない経験は、若くてパワーにある時期に一度は通っておくべき道だと思います。負ければ当然ヘコミます。そこからのリカバリー術も会得しておくべきです。
なぜ勝ったのか、負けたのか、その訳を探る事でコンペの闇やオトナの事情を知る事になります。

出来レースも当然あります。こりゃどう見ても当て馬だなと思うコンペにも参加せざるを得ない“おつき合い”もあるでしょう。
それに対する処し方全てが社会勉強であり、将来コンペで無く“指名”されるようになりたいが故の経験として容認出来るのなら佳し。

「コンペに勝つためにはエンドユーザーのためを思ってもダメ、まずはクライアントに受けなきゃ」という本末転倒な事実、そこに空しさを感じたのであれば自分の進むべき道が見えてきます。

要するにクリエーターとしての“生き様”探しの試練であるように感じます。

デザインコンペ…参加費に対する成功報酬(金銭以外に得られるであろう名声も含めて)が大きければ納得も出来るのですが、この頃のコンペ事情はどうでしょう。
参加フィーは無いわ成功報酬は少ないわ、おまけにネームバリューも得られないと来ればモチベーションも上がりません。そんな状態なので集まる案も低レベル。発注側も旨味が無いはずです。

ギャラを削る事に終止するので無く、“手弁当でもやってみたい”と思わせる仕事を創りだすのが発注者のテクニックだと思うのですが…

そんな粋な企業のワクワク感のあるコンペならまた参加しても良いかな。

価値

■ プロの仕事 結果の担保としてのギャラ

Woman eating hamburger.

 

ギャラは要らないから使ってくれと言って来たデザイナーがいたそうです。
その結果たるや惨憺たるもの。しかし彼曰く 「タダだからこんなもんでしょ」。

ギャラはプロとしての職能を反映したものだと思っています。それを無しで良いというのは結果に責任を持たないよと言う事と同義。戦う前に逃げ道を確保し腰も引けている状態では勝てるべくもありません。
彼の言葉の裏には「タダなんだから私の好きなようにさせてよ」 というエゴも見え隠れします。
しかして結果も出ず。彼は出入り禁止となったそうです。

タダの代償は高いものとして自分に跳ね返ってきました。

かと言って、定価がある訳で無し。

デザインのギャラなんてものは訳の解らないものの代表です。ロゴマークひとつに¥5,000~¥500,000、いや一千万を超すものもある世界。高い安いの基準はどこにあるのでしょうか。

例えば、100円のハンバーガーを食べて不味いと感じたら100円返せと言いたくなるでしょう。10,000円のすき焼きで至福の時を味わえたならそれは価値ある10,000円になるでしょう。
5,000円のロゴマークで安い買物をしたと喜ぶ経営者も居れば、自社のマークに1000万投資した先に見える経済効果に期待を膨らませる社長もいる…

ギャラの高低は「デザインを導入する事によってもたらされるであろう経済効果」から算出されるものであるべきだと考えます。
「10万位の増収でいいや」とお考えなら10,000円の投資で良いでしょう。「10億の商売にしたい」場合の1,000万円はむしろリーズナブルな額だと思います。

クライアントは“結果を伴うか否か”で判断し、デザイナーは“頂いたギャラを10倍にしてお返しする”というくらいの気概が必要です。

デザイン料が“なんとなく”高いと思われている原因はデザイナー側にあります。自らが行ったデザイン行為がどれだけの対価を生みクライアントを満足させエンドユーザーを楽しませたか。そこを精査せずルーティンワークとして“デザインのようなもの”を垂れ流したツケは自らに返ってきます。

ギャラは責任と義務の対価である、と自戒の念を込めて記しておきましょう。

2011.11 朝日新聞の記事にこんなのがありました。

「千円もするコンビニ弁当、膨らまない蒸しパン――。農林水産省が後押しした「地域ブランド」の食品開発が失敗続きだ。5年間で約2億4700万円の国の補助金が使われたが、製造できなかったり、販売中止に追い込まれたり。6割の商品が目標に届かなかった。会計検査院が農水省に改善を求めた。

この事業は2005年度に始まり、農水省の出先機関である農政局の指導で、各都道府県につくられた「食料産業クラスター協議会」が主体になって進めた。地元の食品会社や大学のほか県職員らも参加。それぞれの土地の食材で地元業者が新商品を開発し、販路も開拓して地域の活性化につなげようとした。

検査院は32協議会について、05~09年度の新商品を調査。地元食材の使用量と商品の販売額を指標に目標達成度を調べた。

すると、173品のうち54品は製造・販売までたどりつけず、12品は製造・販売から3年以内に製造中止になった。これらを含む106品は材料使用量、商品販売額ともに目標の3割にも届いていなかった」。

開発に関わる人間のプロ意識、中でも結果(数字)を出すという意識があればこんな状況にはならないはずです。
責任の所在が明らかでない。身銭を切らない。お金の事を言うのははしたない事だと刷り込まれている。実態マーケットを知らない人がモノを作っている等など、個々のスキルも問題でしょうが指名権者の審美眼、いや審“金”眼が問われるところです。
年度が変われば愚行がリセットされてしまう仕組みも変えなくてはならないでしょう。

失敗は成功の基と言いますが、正確には“失敗を精査し反省した後に成功のチャンスが巡って来る”のです。ここで言う成功とは、努力に対する対価=売上増という狭義ではありますが。

開発側のモチベーションにも大きな問題があります。
「助成金を貰えるならやってもいいよ」とか「運転資金に充当してやろう」などという不埒な声も聞こえてきます。こんな意識ではイイモノが出来るはずがありません。

もう単にカッコイイだのキレイだといった評価は無くしては如何でしょうか。アカデミックな権威にすがるのも止しましょう。論をもてあそぶのもやめましょう。他人のお金をあてにするのも大概にしましょう。
下世話なようですが“売れてなんぼ”のマーケティングに徹して泥臭く。これで現状はかなり良くなるはずです。

※ マーケティング: 消費者の声を聞き、きちんと作り、正しく届けるといった一連の行動。リサーチ、デザイン、ブランディング、広告はその一部。

 

■“先生”のセミナーが役に立たない2つの理由

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理由その1 : リアリティーがない

ブランディングのセミナーを聞きに行ったことがあります。大学の先生曰く…

日本で一番高い山は?  そう富士山ですね。
日本で一番長い川は?  ご存知、信濃川。
ではそれぞれの※2番目は? ね、出て来ないでしょ。だから一番に想起されるものにならなくては! という論法。
(※ 正解は北岳、利根川)

ブランディングの定義上間違ってはいませんが、今ここで、この地域に於いて言うべき事なのでしょうか。

岡山県北の田舎です。日本で一番なんて何も無い(失礼)。その人々がそれでもオラが地域にも誇れるものがあるんじゃなかろうか、ブランドになるものがあるんじゃなかろうかと微かな期待を持って臨んだセミナーで、初手からこんな事を言われたら暗澹たる気持ちにもなるでしょう。そもそも人の努力で如何ともし難い事を例えに出してどうしますか。

地方でブランディングを説くならば、二番目三番目、あるいは最下位は最下位なりの戦い方がある事を授けるべきでしょう。
大雑把に言えば 1.上位者の真似をしない。2.自分の足元に埋もれているお宝を掘り興す。3.欠点を長所に変える方便を考えてみる。 これが弱者のブランディングです。

お偉い先生方はこれらを「ランチェスター戦略」とか「ニッチマーケット」と呼んで飯のタネにしますが、真っ当な商売をしている人なら当たり前にやっている事です。

すべからく教科書に書いてあるような事を得々として語る先生のセミナーは旧態依然。ここ数十年脈々と続いてきた地域活性化会議、特産品開発講座、ブランディング講義…結果が伴っていますか? QOLが向上しましたか?

御用学者やお抱え先生の言葉を鵜呑みにしてはならないのは3.11で学ぶべき事のひとつです。

ではどうすれば良いのか…

受け手側の問題として「有り難いオハナシと自分の暮らす世界は別のもの」という意識があります。これが2つ目の理由。

失礼を承知で“セミナー馬鹿”と呼んでいますが、勉強しすぎて足が止まっている人達がいます。人の意見を聞き過ぎて自分で判断する事が出来なくなってしまった人達。聞いただけで解ったような気になる、出来たような気がするetc
セミナーや教科書は自分の行いが正しいのかどうかの確認書です。行動無しには判断のしようが無い。

やりたい事があればなりふり構わずやってみれば良いじゃないですか。松下幸之助はどうです? 本田宗一郎はどうでしたか?

世の中不確定要素ばかり。何が成功して何が失敗するか解らない時代です。その確率は限りなく50/50に近い。ならば己が信ずるものに賭けてみたら如何でしょうか。志の強い方へ運も人も味方します。

セミナー内容に一部分でも共感する部分があったならまず自分の事として落とし込みやってみる事が肝要でしょう。そこでつまずき失敗したときに請うアドバイスは金言となり確実に貴方の財産になります。
つまり問題意識が芽生えた時にしか他人の言葉は骨身に沁みないと言う事です。平和ボケした耳は大切なものを聞き逃してしまいます。

まとめ:問題意識を持つ。四の五の言わずやってみる。

 

■ 地域産品開発のヒント 現場の声

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毎年ビッグサイトで開催されるFood Show や Gourmet & Dining Style Show、時代の空気を読むために欠かさず行っています。地元岡山からも多くの参加者があります。

瀬戸内海に面した町から「藻貝の佃煮」を開発したので感想を聞かせて欲しいとの依頼を受けました。
おお、旨そう! でも醤油味が濃くて藻貝の味が… 「なんでこの味付け?」と問うたところ「関東では濃い味じゃないと売れないんです…」 で、結果、売れてない(苦笑)。

良くある勘違いです。間違いの根本は、地域生産者が “大手メーカーまたは販売ターゲット域の味が正義だと思っている”事です。
田舎から都会に出て行く意義はどこにあるのでしょうか。生産量も限られているので高額商品にならざるを得ない、しかも味はそこらのスーパーに並んでいるものと同じ。これでは勝負になりません。ブランド品と同等かそれ以上のイイモノ(物質的なものと情報、文化)を持ちながら自ら好んで厳しいマーケットに飛び込んでしまっている悲しい現状があります。

大手百貨店のバイヤーから言われました。

「東京で一発当ててやろうと思った時点で負け。失礼ながら、より“美味しいもの”がここには沢山あります。東京ではファンを獲得してください。そしてその後は直接やり取りして頂いて結構です」。

春先、小さなフードパックで“若竹煮”や“菜の花のおひたし”がかなりな高額にも関わらず売れて行きます。
「そうか、小分けにしたほうが良いんだな」と商売人は考えるでしょう。もう一歩踏み込んでその先を想像してみてください。

一人暮らしのダイニング。買って来たパックから小鉢に移し、誰に言うでも無く 「いただきます…」とつぶやき“若竹煮”を一口。暫し目を閉じて旬を噛み締め季節を感じ、そして故郷を想う…。寂しくて愛おしいLDKの光景。

彼、彼女達に我々地方に暮らす生産者は何を届けるべきなのか。

高いから売れない、のでは無いのです。価値を感じないから買わないのです。もっと言えば、生産者が持てる価値ある情報が正しく届いていない(届ける努力をしていない)からなのです。

地方ならではの食材と食し方、それは“食文化”そのもの。 「私達はこんな食べ方をしています」、それが成熟市場に紹介すべき情報であり、大手メーカー品には無い商品価値であり、愛すべき田舎者の強みなのです。

自分の生まれ育った土地に誇りを持つ。この姿勢で真摯にもの作りすれば上記の問題は全て解決できると確信しています。

http://neutral-plan.com/

日本、岡山、哲多のワイン

■ 始まりはロゴマーク

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大体いつもこのような緩い始まり方をします。後に行政をも動かす大きなプロジェクトになろうとはその時誰も予測していませんでした。

今、ブームになりつつある“日本ワイン”、岡山県北の小さな町でもその小さな小さな芽吹きがありました。

日本がかつて景気の良かった頃、岡山県新見市哲多町に国の補助事業でぶどう畑を作りました。ここの気候風土、とりわけ土壌の良さはTETTAのウェブサイトhttp://www.tetta.jp/budouen.html に詳しく書かれているので此処では触れませんが、ぶどうの品質は最高。

しかし、第三セクターの常として経営は行き詰まっていました。商売に疎いお役人様のやる事ですから勿体ないお金の使い方をします。でも出来上がったぶどうの圃場は素晴らしく、このまま朽ち果てさせるのはあまりに忍びない…
そこで立ち上がったのが一人の若き青年、高橋氏でした。

ややこしく絡み合った利権を整理し、ある時は都内高級ホテルのスイートルームに呼び出され、単身その筋の方々と渡り合ったとか。

そんな彼から「新しい会社を作ったんだがロゴマークを考えて欲しい」とのオファーを頂きました。色々話を聞くうち肝の据わった彼の人柄に惚れ、とりあえず現地に行ってみることに。

「哲多の自然と共に生きる」というコンセプトのもと、TETTAというアルファベットに草木が絡み付いたロゴマークが出来上がりました。
5年後、草木が育ったバージョンに、という具合に更新を重ねていくつもりです。50年後にはTETTAの文字は覆い尽くされているかも知れません。

草木に飲み込まれモノが無くなったとき初めて自然と融合出来る…日本人の生死観にも繋がる経年変化していくロゴタイプ、自分的にはお気に入りです。

 

■ ありがたや、私設サポーターの皆さま

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ロゴの次はワインラベルです。

国産ワインだからという理由で筆文字を使った安直なデザインの多さに辟易していましたので、ここは日本から世界に向けて発信出来るようなものにしようと。(前回のレポートを参照してください)

ロゴマーク、パッケージデザインは出来上がりました。
でも建築に例えるとノミ、鉋という道具が揃ったという程度。肝心なのはそれらを使ってどのような家を造るか、です。

思い違いをしている方(デザイナーにも)が多いのですが、ロゴやパッケージ、リーフレット、ウェブサイトを作る事がデザインだと思っている。
いや違うと。
それら“道具”を使ってどのように結果、すなわち“売上増”に導くか、に手腕が問われるのです。

それを考えると我々デザイナーの為すべき仕事はかなりな量に昇ります。椅子に座ってMacを弄っているだけでは無いのですよ。

道具としてのデザインアイテムが揃ったところで、まず認知アップに向けての方策を練ります。

春には“新植祭”、秋には“星空とワインを楽しむ会”…色んなイベントを開催しました。

地道な活動の甲斐有って多くの方々にサポーター(クラブテッタ会員 http://www.tetta.jp/club.html)になって頂きました。

創業したばかりの会社です。売り上げも立たず資本も乏しい中、使えるのは自らの知恵と労力のみ。私と高橋氏それぞれが持てるコネをフル活用してマスコミに露出、パブ記事の依頼、キーマンへ試飲依頼、ブロガークチコミの活用等々無料で使えるプロモーション攻勢を掛け、それが功を奏したのか次第に出荷本数も増加。

ある時、打合せが終わった後の二次会で入ったお店に俳優の辰巳琢郎氏[日本ソムリエ協会のソムリエ・ドヌール(名誉ソムリエ)]が! 偶然とは言えこの強運。TETTAワインを絶賛してくださり、これまた協力なサポーターを得ました。

バズマーケティングを実践しています。

 

■ 日本ワインというムーブメント

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TETTAに関わるようになった成り行き上ワインについてもっと知らなくてはいけない、という訳で日本各地のワイナリー巡りをしています。現場主義を貫きたい私としましては仕事半分興味半分のお気楽旅。

“日本ワイン”という概念の立役者、新潟のカーブドッチhttp://www.docci.com/

画家でエッセイスト、玉村豊男さんがオーナーの長野・ヴィラデストワイナリー
http://www.villadest.com/

ご近所、島根の奥出雲ワイナリー
http://www.okuizumo.com/ 等々。

ワインの味わいは土地との関係性が素直に現れます。そして醸造家、栽培家、オーナーの人柄…これも如実に出てきますので恐ろしい。

還ってTETTAを見てみますと、まず土が素晴らしい。
石灰岩混じりの赤土、これはフランスの銘醸地ブルゴーニュの土地組成と同じで底知れぬポテンシャルを感じます。

そして栽培家の大福氏 http://www.tetta.jp/budouen.html#aizyou
実直な人柄がぶどうの味に出ています。
オーナーの高橋氏の熱さと行動力にはいつも感服。
これで良いワインが出来ない訳が無いとの想いを強くしました。

私も微小ながら経営者の端くれです。モノになるか否かを嗅ぎ分ける感覚も養ってきたつもりです。
近い将来、哲多が日本ワイン醸造地として名を馳せる事は間違い無いでしょう。

未だご存じない方はこちらをご覧ください。そして飲んでみてください。 http://www.tetta.jp/winelist.html

※2011年秋に開催された「国産ワインコンクール」においてTETTA Vigne 2008マスカットベリーAが奨励賞、2010マスカットベリーAが銅賞に輝きました。

 

■ 能書きが通用しない商売の現場から

ワインの話から逸れますが、ここ数年“結果を出す”という事に注力しています。

デザインが、ブランディングが大切だという大号令のもとで開催されるセミナー、多くは概論だけで終わってしまいます。なぜ同じ過ちを繰り返すのでしょうか。

抱えている悩みは十社十色なのに講師の先生方は自分の方程式に当てはめた総論しか言えない。そして誰もが関心あるであろう“お金のハナシ”をしない、出来ない。

サッカーで言えばゴール前までは何とか繋いで来るがシュートで終わらない(打てないと言ったほうが適切か)。

私は常にストライカーでいたいと思っています。確実にゴールマウスを割るためには素敵なラストパスが欲しい。ならば人選も任せてよ、という事で“仕事の出来る”人達のドリームチームを結成しました。社是は「100の理論より1つの実績」。

クライアントは資金を我々に預託してくださる。その期待に応える為にも絶対に結果を出さなくてはならないのです。デザインという行為が“訳が判らないもの”にされないためにも。

はっきり言いましょう。デザインは経済活動の一環です。結果を出してナンボです。

代理店経由の仕事をしているとその辺りの仕組みを忘れがちになります。デザインの原点を見直すためにも厳しい環境に身を置く事も時として必要でしょう。

お給料は社長が出すものでは無くクライアントから頂いているお金なんです。

 

■ TETTAプロジェクトのまとめと2012年の抱負

TETTAという出来立ての民間企業が始めた商売の芽はすくすくと育ち素晴らしい実を結びつつあります。今後、地域活性化のリーダー的役割も担う事になるでしょう。
後を追う人々のためにも取りあえず成功例をひとつ作り出す事。大げさな企画書なんて要りません。数字が雄弁に語ってくれます。

既に若い夫婦が新見に移住してきました。哲多の土地に惚れ込みここでワイナリーを持ちたいと。

ヤギを飼っている夫婦はヤギ乳を使ったスイーツを作り始めました。チーズ作りにも挑戦しています
http://kirarifarm.com/

とびっきり美味しいトマトを作っている農家の方もいます。

多くの志が近い将来、線で結ばれるでしょう。小さな点ですが確実に動き出しました。

私が何故この地に手弁当で通うのか。
それは各々の気持ちの強さに惚れ込んだからです。覚悟が出来た人とのやり取りは心地良いものがあります。ある種、仕事を超えたカタルシス… 岡山輩出の偉大なデザイナー、水戸岡さんから言われた“花仕事をやりなさい”とはこの事だったのかと得心。

私が好きな言葉に「神は細部に宿る」というものがあります。
大きい地図は描けませんが身の回り半径3mの事柄をキチンとやる事が始まりだと考えています。それが出来ない人に地域を語る資格は無い。

という訳で今年は数少ない仲間を幸せにする事から始めたいと思います。

パッケージデザイン大賞2011に2点入選

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岡山県新見市哲多のぶどう園のブランディングマネージャーを拝命しています。

ローカルな産品ですが販路はグローバル(であるべき)。なので衣装はオシャレしました。

中身はもっと凄い! シニアソムリエが絶賛するテロワールから生まれるこの風味、是非飲んでみて!

http://www.tetta.jp/index.html

ボトルの撮影は馬場道浩氏

http://buffalo.jp/products/pro-users/07.html

 

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岡山県総社市の小さな鉄工所。工作精度には自信あり。

その技術を使って何か“自分達の企画商品”を作ってみたい、との相談を受け提案したのが“携帯歯ブラシ”。

電動のものが流行っていますが、歯を磨く位の運動量、自力でやれよとの想いで完全アナログです。なので軽量&省エネ。

カチッと締まるアルミ削り出しのケースがクールジャパンです。

是非使ってみて!

http://www.reko.co.jp/

今年のお仕事

■ 石屋さんの焼芋

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岡山は井原産の「お芋」のブランディングに携わっています。
上手に焼けば糖度が40度(通常のサツマイモはMAX20度)にもなる甘いお芋。これを如何に売って行くか、が課せられたミッション、題して“Mission Imo Possible”。

お芋の名前は「早雲蜜芋」と名付けました。
井原はあの戦国武将、北条早雲の生誕地。その史実と芋の無骨な姿を重ね合わせたネーミングです。

コンセプトは「Japanese Sweets」。
この甘さは立派なお菓子、しかも無添加、安心・安全。特にお子さんを持つ若いおかあさん達にこの芋の可能性というかSomethingを感じてもらいたい。だからちょっと可愛らしいロゴマークにしました。芋を始めとする土着的農産物の表現にありがちな筆文字表現は今回は無しです。かと言って銀座・三越の地下で展開している焼芋屋さんのように都会的でシャープな表現でも無い。言わば「家庭のおやつ」という生活臭もする落とし処を探りました。

ロゴマークとパッケージデザインは出来上がりました。
が、この案件は「出来ました! 渡しました、はい、おしまい」と行くような生易しいモノではありません。なにしろ堅い石を扱う石材屋さんが新規に取り組む焼芋販売という柔らかい事業。作り方も売り方も全く異なる業態です。「これがほんまの石焼芋や~」とシャレてる場合ではありません。何としても結果を出さなくてはならないヘビーな案件。

結果=売り上げが立たなかったら「デザインが悪い」と他の要因をさておいて非難されるのは常。その悔しさをバネにしてここ数年間ある組織作りを画策して来ました。思い切って言うなら「数字を確約するプロジェクトチーム」です。

結果を出す為には、何を売るか=モノの価値を際立たせる、如何に見せるか=固有の価値を可視化する、何処で売るか=流通を押さえる、如何に売るか=Web Marketingを取り入れる、等々の戦術が必要になってきます。

そこで各方面のプロを招聘した“早雲蜜芋プロジェクトチーム”を結成したのです。

プロジェクトリーダーは不肖私が務めさせて頂きました。
目的の共有化、スケジュール&進捗管理、そして各人がのびのびと仕事を遂行できる場と空気感作りが主な仕事。グラフィック&パッケージデザインと各種印刷・SPツール制作とプロモーション(売り込み)も担当しました。東京での活動を通じて出来た食品流通、マスコミのコネクションが活かせます。

モノの価値を高めるためにフードコーディネーターに美味しい食べ方やスイーツへの活用法などを研究して頂きました。
結果、焼芋が一番美味しいというシンプルな結論に至り今後の販売路線が明確になりました。
企画会議では話がノリノリになってアイデアが先走りがちになるのですが軸がぶれないようコントロールする必要があります。そうすれば資本を何処に集中投資できるかが見えて来るので効果が出やすい。

売り先を確保するために岡山県内と関東圏の高級スーパーのバイヤーとの折衝も行いました。
過去数多くの特産品開発に携わってきたのですが作り手は「ウチのは手作りじゃけえ食べてみりゃ違いが判る!」と自信満々です。それでは食べて頂きましょう。何処で? どうやって?  ここのケアが出来ない“先生”が作りっぱなしにした産物の如何に多い事か。
何処の産品も同じ顔。先生方の“総論=地域産品はこんなもの”で作ってしまったモノ達が不憫です。場所が違えば抱えている事情も作物の特徴も違うのに…。地元の人は言います。「先生がメチャクチャにして帰っていった…」と。スタルクが浅草に置いて帰った“黄金のウンコ”を思い出してしまいました。

関わった限り“売る”ところまでケアしないとだめです。生産者が一番欲しているのは流通のコネクションだったりしますのでバイヤーとの生産者の間で電卓を持って交渉するのも我々も仕事。

Web Marketについては敏腕コミニュケーションディレクターの力を借りて今風にTwitterを活用した口コミマーケティングを試みています。
サイトのイメージも他の芋販売サイトとは異なる高品位且つ読み物として成り立つほどのクゥオリティーを与えました。もちろんSEO対策も万全。クライアントが自分で更新できるシステムで新しい情報を常にアップ、検索エンジンとの最適化を計っています。

http://www.soun-farm.jp/

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その他、印刷物制作の段取り。ここは素人さんが手を出し難い世界。印刷の知識は業者にナメられないための盾となり、その効果は如実に単価に現れます。
売価と梱包費を天秤に掛け色数やロットを調整。相見積りで最安値の業者を選択。そして〆の値段交渉etc。誰かが嫌われ者にならないと進まない事もあります。

そして情報操作としてプレス発表の段取り(コネのある記者に念押しの電話攻撃)、広報を兼ねたイベントの手伝い…
このチームの凄いところは自らが売り子になるところです。強制はしていないのですが、黙々と芋を焼いている者、試食を配る者、Twitterでつぶやく者etc … 素敵な光景です。

何より、特筆すべきは予算取りまで出来てしまう事でしょう。
世の中には色んな補助金や助成金制度があります。しかし多くの、本当に手助けが必要な人にはその存在すら知られていないのが実態。このチームには事業に最適な補助制度を見つけ、計画書類を作り、申請まで請け負う人材がいます。決して潤沢な資金調達とまでは行きませんが最低限効果の上がる方策を実行出来るだけの糧となり得ます。クライアントに於いては初期投資が少なくて済む事の有り難さ…正直、一番有り難がられる部分です。

資金調達・制作・運営と三拍子揃ったドリームチームがようやく出来上がりました。
各分野でのプロが集まって本気で取り組んだらこんな素敵な事が出来る…小さいながら産業の芽を生み出せたという事実。そして大きく育て果実(売上)を収穫するまで面倒を見るという自覚、というかプロとしての意地。

クールなグラフィック、素敵なパッケージやWeb Siteは出来て当たり前の時代です。それをどのように使ってクライアントの期待する答えを出して行くか、その手腕が問われます。

果たして“デザイナー”という呼称が適当なのか否か…この頃自分をどう称していいのか判らなくなっています。プロデューサー? コンサルタント? 何か胡散臭い響きがあってピンと来ません(自分が過去に受けた仕打ちからの偏見かも知れませんが)。他の良い呼び名を募集中です。

ともあれ、結果を出すための方策全てをワンストップで請け負う事の出来るチームを作る事が出来た事が、2010年 御来屋デザイン事務所最大の成果でした。

次回は「土建屋さんのワイン作り」をレポートします。